ま 苦しみのブログ

あんまり表には出さないよ!!

本当の苦しみのブログ 中編

 

「たった今、敵がコペンハーグ行きの便に搭乗した。数は2人だ。今から20時間以内には到着するだろう。」

「遂にか…ミドル、向こうでの連絡は?」

あまりにも小さく、使用用途が一目ではわからなかった。

「この骨伝導式イヤホン・マイクで行う。」

「俺が知ってるのと随分違うな…すげえ技術だ。」

「お褒めに預かり光栄だな。では、行くか。その“核心”へと。」

「へいへい。」

 

ーーーーーーー

 

「いや、本当今更なんだけどさ…」

「どうしました?」

「君の名前、聞いてなかったなーって…」

チケット購入手続きで彼女の個人情報を入力しなければならず、大谷らの後ろに並ぶ長蛇の列は長らく待たされピリピリとしている気がする。

「あー…そうですか、そうですね…では、つ、椿…椿、時雨…時雨椿、そう、時雨椿(シグレ ツバキ)と書いてください。」

明らかに即興で考えたような間である。

「…それで大丈夫?」

背後の列に気を取られた大谷は、とりあえずその名前で申請を出す事にした。

「あとで説明しますから、安心してください。」

妙にさっぱりした笑顔で、平然とそう言った。

「まあ、それなら…」

 

ーーーーーーーーー

 

「この施設の核心。それはつまり…」

「つまり?」

「“地球の核心”だ」

「はぁ?」

「見ろ。」

いかにも物々しい、ロックが何重にもかけられた扉を抜けると、人ひとりがすっぽりと収まるサイズの入り口と、それを包む大きな球体がレールの上で固定されている。

球の下に目をやると、底が見えない真っ暗な穴にそのレールが突き刺さっているような様相だ。

「この穴は?」

「星筒。」

少しの静寂。

「まず前提として、この地下施設は地殻に建設されている。一般的な…例えば、地下駐車場と同じような。」

なんとなく想像はできるが、いくらなんでも、ありえるのかという疑念が若潮の脳内を巡り巡っている。

そもそも、こんな代物を人間が手に入れるということが、烏滸がましく思える。

神の怒りを買う、というのは正にこれである気がしてならない。

「このレールは、地殻を貫通し、上部マントル、下部マントルを通過し、外核内核を真っすぐ進む。真っすぐ進み、ちょうど星の真裏。」

言葉を失う。

「この施設の真裏にある、雪原迷彩を施された金属製の建造物の内部でカプセルは停止する。そこに停めてあるお前のスノータイヤ装着済みマッスルカーで、北極研究所に向かえ。」

「おいおいおい、待てよ、待て!」

「なんだ?ただこのカプセルに搭乗すればいい話だ。」

「違う違う!いや…違うというか、熱いだろ!内核なんてとても生身で入れたもんじゃねえ!」

「そんな事か。問題ない。搭乗時の間、常にカプセル外装の炭化タンタルを溶解させながら急速に冷却する。ちょうど一往復が可能な分の固形窒素を備蓄してある。」

更に言葉を失う。

「本来であれば炭化タンタル外装を着用した自由落下式の構造でもよかったが、生憎星の自転による摩擦に耐え切れずレールの建造を余儀なくされた。そのおかげでレールとの摩擦や高速移動の対G諸々を考えおよそ時速1500km、一般的な旅客機の1.5倍の速さで、地球を突っ切る。これにより、10時間以内で北極基地へと到達することが可能だ。」

「は…いや、おい、待て待て!そのレールは!というかこの穴自体、なんで内核の熱に耐えてんだよ!炭化タンタル?ってやつすら溶けちまうんだろ?」

内核内部の鉄は、強すぎる圧力によって溶解が起こらない。つまりは……あぁ、一言で片づけられる領域の話ではなくなってきた。お前がどうしても知りたいというのなら数時間かけて数式の説明をしてやってもいい。が、それだと北極に間に合わなくなる。」

「おいおい…クソ、素直に地上を移動しておくんだったぜ…」

「いくらなんでも南極から北極へと真っすぐ進むのは人目に付きすぎる。この星筒が最も安全だ。」

「安全じゃねえだろ!どう考えても!」

「最も安全だ。間違いなくな。俺は既にこの星筒で10回以上北極と南極を行き来している。」

「マジか…」

「時間は有限だ。正しく使え。」

「は…ハハッ。」

「乗り掛かった舟、ということだ、若潮。」

文字通り、カプセルに押し込まれる。

「分かったよ…他に注意事項とかないのか?」

「そうだな、強いて言うなら…移動中の姿勢には気をつけろ。なんなら、常に寝転がっていたほうが良い。ここまでの高Gに耐えられるほど、人間の骨は丈夫じゃない。」

「…あぁ、そうかい。」

「あとむやみに口を開くな。舌を噛む。」

ガチャリという音と共に、何のロックが解除されたのを感じる。

「俺のマッスルカーなんて、どこからどうやって北極まで運んだんだ…なあ?」

「じきに分かる。今はGに耐えることだけ考えろ。見方によっては、久しぶりに愛車に乗れるんだ。むしろ喜ばしい、と言っていい。」

カチッ。

「また会おう。」

「ぐっ…ああ。」

プシューという、鉄道が発車する直前のような音。

次の瞬間。

「うっ」

恐ろしい速度で加速し始めるカプセルは、徐々に深淵との距離を縮めていく…

 

ーーーーーーーーーー

 

「えっと…時雨さん?」

デンマーク行き旅客機の航行前待機時間である。

「ええ、私は時雨椿、時雨椿です。それが一番気に入った私の名前です。」

「気に入った?」

「そうですね。」

「…」

「……言っていなかった事があります。」

「まあ、色々ありそうだけど?」

「その記憶には、私の。」

「…」

「私のクローンが、大量に。」

「!」

「もう、自分の本当の名前が何なのか、思い出せないのです。」

「そうだったんだ…」

「今まで度々話題を変えたりして誤魔化してきましたが、流石にここまででしたね。」

特に悲しそうな素振りをする訳では無いが、こちらに気を遣っているのかいつもよりよそよそしい気がする。

しかし、その上で。

時雨椿を名乗る彼女の顔は、どことなく儚げだった。

大谷にはまるで、今にも消えてしまいそうに見えた。

「シートベルトのご説明を致します」

慌ててアナウンスに耳を傾ける。

飛行機なんていつぶりに乗るだろうか。しかも海外行きとは。

また、ふと外を見る。

いつもならあの眺めのいい国道と駐車場が見えるはずだが、今は乗客を乗せ待機している複数の旅客機、ターミナル、滑走路といった、非日常的な光景が視界を埋め尽くしている。

「時雨さん、この景色はどうですか?」

「そうですねぇ…」

少し考えてから、彼女は言う。

「絶景、ですね。」

 

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「ハァ、ハァ…」

帰りのことを考えるとますます憂鬱になってきた若潮は、気を紛らわそうと愛車を探して這いずり回っている。

「ざけやがって…クソ…なんだってあんな拷問カプセルにもう一回入らなきゃならねぇんだ…!」

『聞こえるか?』

「あぁ!憎たらしい声が聞こえるぜ全く!」

『案ずるな、すぐに慣れる。住めば都、慣れてしまえばファーストクラスだ。』

「んなわけねぇだろ!」

『車は星筒出入り口から向かって右奥、突き当たりのドアの向こう側だ。』

若潮の全身を鈍い痛みが襲う。

まるで全身を寝違えたかのような不快感である。

「ご丁寧に…どうも!」

やっとの思いで車まで辿り着いた若潮は、ドア前のフックにくくりつけてあるキーを手に取り、運転席へ転がり込んだ。

「あああぁー!」

『時間は少ないが、標的が来るまでしっかりと休息を取ることだ。』

「言われなくてもそうするつもりだよ。」

『それともう一つ。今はこちらから回線を開いたが、通信傍受の可能性がないとも限らん。重要な報告以外は極力連絡を避ける。そちらも同じように頼む。』

「了解了解。あー…ッてぇな」

『これが最後の伝達だ。そのガレージ横の冷蔵庫。』

「あ?」

『流石に地表付近は寒くて寝れんだろう。ウォッカが入っているから好きに飲め。一時的な体感温度を上げる対処療法的措置だが、睡眠を取るという観点では都合がいい。』

「…マジかよ!!」

『酔いは残すなよ。』

「唯一の失策だなミドル!」

既に一瓶が空になっていた。

 

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デンマークから北極に至るまでの道はかなり複雑で、言語の壁がある大谷は必死に手順を覚えようとしていた。

時雨はそんな大谷の苦労を知らず、うとうとと寝かかっている。

そして数時間が過ぎる。

大谷が北極への行き方からデンマーク観光の心得に調査対象を移した頃だった。

「ビフォアチキン?」

ビーフ!」

来たっ…と言わんばかりに、即答する大谷。

「ビフォアチキン?」

「んー、チキンで。」

「オケィ。」

蓋つきの弁当箱が配膳された。

何故かニヤニヤしている大谷を見て、時雨は言う。

「そんなに牛肉が食べたかったんですか?」

「いやいやぁ?」

大谷にしては妙におちゃらけた態度である。不思議に思った時雨は続けざまに

「タンパク質重視じゃないんですね、大谷さん。」

「筋肉の維持にはカロリーも必要なんだよ。」

と言いながら、蓋を開ける。と、そこには衝撃の光景が広がっていた…!

「なっ…!」

見るからに固そうな焼きすぎの肉塊!

「では私も。」

一方チキンはスパイスの香る、見るからに旨味が詰まっていそうなタンドリーチキンである。

「おぉ~!機内食ってあんまり期待してなかったんですが、かなり美味しそうじゃないですか。」

「どうして…」

「何がどうしてなんです?」

そう、大谷は先程、国際線のビフォアチキンで頼むべき選択をかなり調べていたのだ。

その結果、デンマーク行きの便でビーフを頼むとビーフシチューが出てくるという書き込みを見つけ、迷いなくビーフを選択した訳だ。

結果、このざまである。

「いや…なんでもないんだ…」

「ふぅん。」

明らかにがっかりする大谷をよそに、窓際の時雨はなんとなく外を見てみる。

徐々に暗くなっていく空と、ぽつぽつと目に留まる都市の灯に、なぜか胸が締め付けられるような気持ちになる。

「…それにしても、大谷さんと外を見ながらご飯を食べていると、まるであのファミレスを思い出しますね。」

「まあ、確かに。」

「でも、今私の視界にはあのレストランから見えるような国道が数百本、もしかしたら数千本、そんな感じのレストランだって、数千店舗が映っているんですよね。」

「見えてるの?」

「ええ、記憶によればですが、そんな気がします。」

「記憶ねぇ。」

「お疑いですか?」

「いいや、流石にもう疑わないよ。」

「そうですか、それはよかった。ここまできて、まだ大谷さんが半信半疑であるまま同行してくれていたりしたら、私も流石に申し訳なさを感じてしまったかもしれません。」

「今までは感じてなかったんだ…」

「勿論。私は手段を選びませんからね。」

 

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『…と、いう訳だ。時間が余った。』

「呑気なもんだな敵ってのは。デンマークで観光してから来るだと?」

襲撃予定時刻が大幅に遅れたことで、なんとかアルコールが抜け切った若潮は、実際のところ安堵していた。

『ああ。俺も流石に想定外だった。しかし、この時間も有効に使わねばならん。時間がないというのは繰り返し述べている通りだ。』

「何をそんなに、焦ってる?」

若潮が聞こうとしないだけで、ミドルは非常に謎が多い存在である。

明らかに人類から逸脱した技術、恐ろしい程にストイックな精神性、言動の奥に見え隠れする闇…

『単純に俺の寿命が…いや、ここまで来た。ある程度の情報の共有はしておくべきだろう。』

「ああ、教えてくれるなら教えてもらいたいもんだな。」

『俺はミスを犯した。』

「ミス?」

『大ミスだ。俺が創設したその北極と南極の研究所は、あらゆるジャミングで絶対に誰にも発見されないようになっていた。』

「そのはずだった、んだな。」

『ああ。俺はそのジャミングの一環として、世界各地に研究所の技術で作成した人造人間をばら撒いた。その人造人間は、本来であれば研究の存在を秘匿するために世間へ誤情報を垂れ流し、誰にもこの研究所を観測させないためのものだった。』

「ここに向かってる敵ってのは?」

『その人造人間のいずれかだ。本来の機能に欠陥が生じ、この研究所のリアルタイム更新される断片的な情報を持ちながら、自分の正体について何も分からないまま、親の顔も知らず、それどころか何も知らず、ただこの星で生きている存在。だが、恐らくその断片的な情報が固まってきてしまったんだろう。』

「北極研究所の方がバレちまったと。」

『人造人間の大まかな思考・身体構成状態はこちらで確認することが出来る。だから、今回の襲撃…いや、調査と言うべきだな。記憶の調査。この調査を事前に知ることができた。一応の保険が効いたという訳だ。』

「もしその保険が無かったら…」

『間違いなく無防備な北極研究所を調査され、真実を知り、もしかすると星筒にすら辿り着いたかもしれん。そうなれば、全てが水疱に帰す。』

「なるほど。しかし…それは如何ともし難いな。」

『そうだ。そうだろう。お前なら、そう考えるだろう。根が善良であるお前なら、一般的な倫理観に乗っ取って、そう考える。』

「あぁ…なんと言うか、」

『いや、いい。これを話してしまった以上は、仕方のないことだ。』

「いいのか?」

『確かに俺は、目標を達成しなければならん。』

「だよな?」

『だが…人間には自由がなければなるまいよ。』

「自由…?」

『人間には自ら選択する自由がなければならない。俺にできるのは、その選択を俺が得をする方に促すだけだ。最終決定権は、お前が持っているべきだ。』

「…何が目的なのか、また分からなくなっちまったよ。世界征服でも企んでるのかと思ってたが…」

『そんな陳腐な目標であれば、とっくの昔に達成していただろうな。』

「世界征服が陳腐?」

『そうだ。俺は、俺たちは、俺たち人類は、もっと先へと進まねばならない。進まなければ、いずれ滅んでしまう。』

「世界征服の先ってのは一体なんだ?」

『宇宙征服だ。決まっているだろう?』

頭のねじが吹き飛んでいるような会話をしているにも関わらず、ミドルはいつも通り不敵な笑みを浮かべていた。

 

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「いやぁそれにしても、本当にデンマークにいるんですねぇ、私。夢が叶いましたよ。」

「まだ早くない?」

「いえいえ、ずっと夢を見ていた場所に行ける、その中継地点ですよ?ここも夢といって差し支えないでしょう。」

「それもそうかな。」

「折角ですし、色々見て回りましょうよ。」

「じゃあ…とりあえず、服買おうか。」

「そうですね。寒いですね。」

自前の防寒着がここまで役に立たないとは思わなかった。

「まあまあ、よかったじゃないですか。このまま北極に行っていたら、本当に凍死するところでしたよ?」

 

「おぉ!これはこれは。絶対にファミレスでは食べることが出来ない味ですよ、これ。」

大層な外見のいかにもオシャレな料理が出て来そうなレストランだが、どことなく家庭的な味である。

グリーンランドだとニシン漁が主な産業らしいですが、やっぱり本土でも名物なんですね。」

「時雨ちゃん本当にグリーンランド詳しいね…」

「そりゃもう!噂によると、現地の人はアザラシとかも食べるらしいですよ。」

「ほんとに?」

「ほんとですって!貴重なタンパク源ですよ!大谷さんもタンパクと聞けば黙っていられないでしょう?」

「うっ」

「いやでも本格的に、その筋肉何かに生かさないともったいないと思いません?」

「ちょいちょい色々やってみたんだけど、どうにもスポーツって苦手なんだよね…ずーっと走り回らなきゃいけないのがさ。」

「持久力がないんですか?それは難点ですね。大谷さんが得意なのは無酸素運動という名の筋トレだけですか。」

理由が持久力だけではない気がするが、今はまあいい、という気がした。

本当に、なんとなくだが。

 

コペンハーグの港がすごい!って見たけど、なんかしょぼい船ばっかだね。」

「そんな事を言ってしまっては、船に嫌われてしまいますよ。というか大谷さん、結構えぐい事言いますね。」

「そう?」

「まあ確かに、しょぼいのは認めますけど。ほとんど個人所有みたいな船ばかりです。」

まさか。

「…船で行くの?」

「いえいえ、例えですよ。あくまでも。ほら、なんだかんだ乗り物としては似たようなものじゃないですか。」

「まあ、言霊って本当にあるらしいからね。」

「おぉ、流石オカルトマニアなだけありますね。」

マニアではなく、一応プロフェッショナルではある。

しかし、これもまた、プロと言ってしまうには何か違う気がしたのだ。

 

「一通りコペンハーグは見て回れましたかね。」

「ちょっと食べ過ぎたかも…」

「フライトはいつですか?」

「ちょうど2時間後、グリーンランド専用の航空会社があるんだって。」

「へぇ~、またビフォアチキンあるんですかね?」

「今回はパスだなぁ。」

「今度はビーフ食べたいですね。」

「時雨ちゃんよくそんなに食べれるね。」

「私にとって、甘いものとデンマーク料理は別腹ですよ?」

「まあ今はいいけどさ、帰りであんまり贅沢できないよ?予算も無限にあるわけじゃ…」

「まあまあ良いじゃないですか、今から帰りのことを考えては興が削がれるというものですよ。それこそ、もし本当にお金に困ってしまったら、デンマークで仕事を探すという手もなくはないですから。」

「いや…」

言おうとした言葉の羅列が、咄嗟に堰き止められるのを感じる。

そうだ、自分は帰るべき場所がある。あの編集部へ戻り、研究所についてかなりの長文記事を描かねばならないという仕事が残っている。

しかし、彼女は。

時雨椿は、例えこのまま大谷と帰って、向こうで別れたとして、彼女には帰る場所があるのだろうか?

「ねぇ、時雨ちゃん」

「どうしました?まるで泣く泣く転売屋からプレミア商品を買わなければならなくなったような顔をして。」

「時雨ちゃんって━━」

「ありませんよ。」

「…」

「ありません。だから、私は別にどうなろうと構わないのですよ。もし運良く研究所に実際にたどり着いたとして、その先。その後、私がどうなるのか。私自身が、無関心なのです。」

「……ダメだ。」

「え?」

「ダメだ!」

町の広場に響く、大男の叫び

「時雨ちゃん、いや」「時雨椿!」

大谷自身も、なぜここまで大きいリアクションをとってしまったのか分からない。

ただ、己の心の奥底で叫んでいる。大谷の心の奥深くにある、熱く燃えたぎる何かが叫んでいるのだ。

困惑した彼女の顔目掛け、大谷は続ける。

「“生きているんだろ”!」

「はっ?」

「生きてるなら…そう、生きているなら!」

具体的なイメージが沸かない、沸かなかったはずだ。

しかし。

「例えどんな景色が北極にあろうとも!時雨椿!進むんだよ!努力して努力して、進むんだ!生きているなら!」

「進むって、どこにです?」

「それは……」

炎は消えず、ますます燃えるばかりだが、その原動力がなんなのか、大谷は分からない。

本能的、動物的とも言うべき根源的なエネルギー。

分からない。分からないからこそ、大谷はこう言うのだ。

「より良い未来に!!」

それは、確かに大谷翔平だった。

オカルトライターでも、万年独身男性でもなく、その男は間違いなく、その瞬間、大谷翔平だったのだ。

 

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「やっとか。」

ミドルから到着予定時刻を聞かされ、若潮はやっと目的を果たせるのだろう。

『そろそろそっちに着く頃だ。』

「はぁ?もうか?」

『いいや、そういう事じゃない。言い方が悪かった。星筒に、お前の使用を前提に設計された特殊狙撃銃を半日前に投入していた。』

「今更武器か?」

『俺も、果たして本当にこれが必要なのかどうか熟考した。だから到着が遅れた。』

「へえ…で、そいつで敵を撃っちまえってか?」

『まあ、俺としてはそうだな。』

「何が目的だ?」

『これは言わば、単純化だ。もしこの狙撃銃がなければ、車で突進するにしても、何らかの凶器で襲うにしても、敵に接近する必要がある。』

「まあ、そうだな。」

『俺はお前の意思を尊重する。敵の境遇に同情し、始末を躊躇うか、気にせず遂行するか。その選択を、狙撃銃のトリガーを引くか引かないかという単純な二択に落とし込む。それがこの銃を送った理由だ。』

「施設を守らなくていいのか?俺が裏切ったら…」

『その時はその時だ。人の意思というのは、簡単に覆るものではないと理解している。無論、俺が絶対に始末しろと命令すれば、お前は実行するだろう。だがそれは、お前の意思が死んでいることを意味する。』

「どうして俺の感情にそこまでこだわるんだ?」

『全人類が心から納得した上での結果でなければ、俺が遂行する計画に意味などない。俺はただ、この人類というどうしようもない生命の燈を絶やさず、存続させることが目的だ。と、いうか』

「というか、なんだ?」

『人類が一つにならずして、宇宙征服が達成できるわけないだろう。』

「お前はどうする?お前の意思は…俺が撃たなければそれまでかもしれないんだぞ?」

『俺の夢が、望みが、人類の思いの前に散るまでだ。』

「そいつは、何とも…」

『美しい幕引きだ。お前もそう思うだろう?』

「…ハハッ、そうかよ。」

 

ーーーーーーー

 

「…ごめん、急になんか、こう」

「あんな大谷さん、初めて見ましたよ?」

「自分でも何喋ってるかいまいち分かってなくてさ」

「でも、そうですね。」

「…え?」

「私も、全部分かったら。」

空を見る。

「全部分かったら、きっと…普通の人間として、幸福を求めて生きることになるのでしょう。」

「…悪くないでしょ?」

「ええ。楽しみが増えましたね。」

 

色々思うところはありつつ、なんだかんだと言いつつ、ついに時雨椿と大谷翔平グリーンランド、その研究所へと至るのである。

その先に待ち受けるのは、希望の未来か、夢か、はたまたどうしようもない程の現実か。

 

ーーーーーーー

 

「ミドル。」

『なんだ?』

「俺には撃てねえ。」

『そうだろうな。』

「なんなら、真実を伝えてやりたい。その人造人間ってやつに。」

『ああ。お前ならそう言うだろう。』

「だが俺も、この研究所に関してはなーんにも知らない。」

『そうだな。』

「俺の意思を尊重してくれるんだよな?」

『約束する。しなければ、意味をなさない。』

「じゃあ聞かせて貰おうか。この研究所は一体なんなのか。誰が作り、何のために動いてるのか。俺はそれを、その人造人間にそっくりそのまま伝えてやるんだ。」

『…お前に協力を仰いだ日から、いつかこうなるんじゃないかと思っていた。いいだろう。全てを、明かす時だ。人間という生物、そして、宇宙について。』

 

若潮は知る。

ミドルの正体。この星の正体。

進み続けなければ滅ぶと確信している理由。

宇宙征服を成し遂げる理由。

 

「………」

『どうだ?』

「人造人間とは、会う。会って、話すだろう。だが…」

『だろうな。』

「お見通しか。」

若潮、お前にこの仕事を依頼して、本当に良かった。』

「ッたく、俺にどんだけ重いもん背負わせたら気が済むんだ?」

『宇宙全部を背負ってもまだ足りんな。もうあと2、30倍は必要だ。』