「そ、そんな…そんな事で?」
「反省の色が見えんな」
「だって、そんな事みんなしているというか。」
「確かに、してはいる。それに、周りがしているから自分もいいか、という思考はこの現代において至極真っ当なものになりつつある。日本人だった貴様なら、特に。」
「じゃ、じゃあ何故!」
「今言ったのは、ほんの一例に過ぎないんだよ。例えば、2014年7月23日のお前の行動に、こんなものがある。」
「知りませんよ、そんな事!」
「落ち着け。この日、お前は自動販売機で飲み物を買った。量の少ない缶コーヒーだ。」
「それがなんだって言うんです。」
「この日はとても暑かったし、喉が渇いていた。だからお前は、その場で飲み切ってしまおうと考えた。ちょうど自販機の隣に、ゴミ箱が置かれていたしな。これも、至極当然の思考だ。」
「ええ、で?」
「問題は、そのゴミ箱だ。穴が2箇所空いている、自販機の横によくあるタイプの。」
「問題があるようには思えませんが。」
「そのゴミ箱には、ペットボトル用の穴とカン・ビン用の穴が分別されていた。」
「なっ…」
「だが、屋外の自販機だ。雨風にさらされ、分別を表すシールはよく見ないと認識できないほど掠れてしまっていた。だから、お前は何も考えずにペットボトル用の穴に缶コーヒーを入れたんだ。」
「…そ、それが、地獄に落ちた理由だと言うんですか!!閻魔大王様!!」
「…ここまで来て、そんな問いをこちらにぶつけてくる時点で、情状酌量の余地は無いな。」
「だって…何も…何もわかってないし、何も教えられていないのに。」
「例えば、そうだな…ずっと掲示板にポスターで掲載されている、指名手配班。捕まった場合、間違いなく終身刑や死刑になるほど重罪を犯した奴がいたとする。もし、そんな奴がこの場にいた場合、何を語ると思う?」
「え……えっ、と、それは」
「この問いにすぐに答えられない。それが地獄に落ちた理由だ。ちなみに、今例に出した指名手配班は実在した。先週老衰で死んで、天国に行ったよ。」
「はぁ!?」
「お前がこの人生で一番印象に残った事は?」
「えっ…と、結婚?」
「…聞き方を変えよう。人生で成し遂げた、一番大きな事は?」
「……」
「分かったか?お前は“浅い”、浅すぎる。先程言った指名手配班は、この質問をされた時嬉々として強盗殺人をした夜の事を語ったそうだ。とても楽しそうに。ニヤつきながら。」
「ど、どうして…そんな奴が…」
「まあ、これは少し極端な例だがな。お前が前に勤めていた会社の後輩、いただろう。」
「…ええ、あいつが、どうしたんです。」
「入社して数年で、すぐにお前を追い越していった。それは何故か?昇進を望んでいたからだ。」
「……」
「お前はどうだ?今の立場に甘んじ、変わらない仕事内容と変わらない給料に満足した。その後輩が本社に出向き、大きなプロジェクトを立ち上げた、その瞬間、お前はボーッとしながらコーヒーを啜って、何もせずパソコンを眺めていた。」
「や…やめて…」
「その後輩も今では天国にいるんだ。やりがいのある仕事をたくさんこなしていた分、睡眠時間が少なく、平均寿命よりかなり早く癌を発症し死んでしまった。だが、彼にまた先程の質問をした時、彼は自信を持って、ハキハキとプロジェクトを成功させた事を話した。そのプロジェクトのおかげで、本社の赤字が解消した事。出世街道を駆け上がり、幹部にまで上り詰めたこと。役員報酬で高級車や、別荘を手に入れた事。」
「……だ、だからって!だからって、何で、その、コーヒー缶を適当に入れた話に繋がるんですか!」
「お前は、なんの起伏もない人生を歩んできただろう。だが、その一方でだ。集団意識に呑まれ、そういう、罪というにはあまりにも軽い、ほんの少しの、しょうがない悪行だけが積み重なっていったんだ。それに伴うくらいの善行を積んでいればまだ良かったが、これといって目立ったことはしていない。」
「悪行が積み重なるなら、なんで指名手配班は!」
「あいつは、悪すぎた。悪い奴だ。だが、人生を楽しんでいた。中学を卒業し、グレて、未成年飲酒、薬物、そういうものに手を出し、そのままグレ仲間とつるみ、遊び歩いていた。」
「…は?」
「そしてついに、強盗殺人を犯した。一生食っていけるだけの金を手に入れた。そのあとの警察から隠れて暮らす、その工程すら、あいつは楽しんでいた。スリルがある、とかでな。」
「いや、いや、おかしいでしょう!」
「お前は、自分の人生が楽しかったと、心から言えるか?」
「!!」
「……そういうことだ。それが、お前が地獄に落ちた理由。ここでの罪というのは、法律に則ったものじゃない。人生というものに、いかに真剣に向き合ったか、人生を満喫したか、人生に納得したか、そういうものなんだ。」
「………」
「…お前の前世は、素晴らしいものだった。」
「…え?」
「お前はサバンナで、ライオンとして生まれた。成長し、群れを率いて、一帯を支配した。」
「前世?」
「そして、そのライオンが死んだ時、天国に行くか、輪廻転生するか問われた。素晴らしい人生、いや、獣生であったため、次に転生する時は人間になれる可能性がある、とも。人間は生き物の頂点だからな。」
「僕が…?」
「その時のお前は、即答したんだ。即答で、輪廻転生をな。」
「…!」
「そして、全ての記憶を忘れたあと、今のお前が生まれた。期待はずれにもほどがある。」
「そんな…俺の、前世が…そんな事…」
「選択肢がある。」
「…へ?」
「このまま地獄に幽閉されるか、1匹の虫として転生するか。」
「……」
夏の熱気に呼び覚まされ、血を求め飛ぶ。
標的が四角い箱の前に立ち止まった。
円柱状のものを、二つの穴のうち一つを選び入れた。
その動作の隙に、腕にしがみつき、血を吸おうとする。
バチィン!
「…お帰り。早かったな。」
「…」
「天国に行くか、転生するか、選んでくれ。」